「私の記憶が正しければ、ここ、台北において、小龍包のうまさで一、二を争うのは、台北を訪れた観光客の半数は必ず足を運ぶという信義路二段の四階建てビル、県泰豊(ディンタイフォン)である。この店の一階は入り口から奥までの全てを調理場に充て、その神業ともいえる調理人の手捌きを目のあたりにできる。客が息を飲みながらそこを通り抜けた時、初めてトランシーバーを手にした小姐に遭遇するのであーる。このトランシーバーによる小姐たちの連携プレーには目を見張るものがある。客の人数を即座に判断し、驚くべき速さで空いている席を割り出す。そして、二階から四階までのどこかを客に指示する。
 そんな県泰豊にあの橋本弘彦が挑戦することになったのである。漏れ承るところによると、橋本はこの台湾に滞在して一週間を経過したということを耳にした。そして自らの禁を破りタクシーにも乗ってしまったらしい。そのことについて橋本はこぉ〜んなコメントを残している。

 『えぇ、一昨日ついに乗ってしまいましたからねぇ、あの時は友人との待ち合わせに遅れそうでしたから、しかたなかったんですよ。それで一回乗ってしまえば、案外タクシーも悪くないな、タクシー恐るるに足らずっていう気持ちになっちゃったみたいで、今朝も乗っちゃったんですよ。
 いや、もちろん基本的なポリシーは変えないつもりなんですけど、どうしても行けない所だとか、時間的な関係で都合が悪い時とかはね、しょうがないなというふうに考えも変わってきたんですよ。私ももう三十ですから、いつまでもへんこつではいられないんですよね。それでね宿の青年活動中心から近いはずの、永和市の入り口附近にね、うまい豆漿屋さんがあるって聞いてたもんだから、夕べ聯営公車でバスの番号を調べたんですよ。三十分くらいですかね、ようやく見つけてああ安心だって思って、今朝その乗り場に行ったんですよ。そしたらね、どうも本に書いてあることと、乗り場の看板に書いてあることが違うんですよ。今日はそのあともう一回故宮に行くって、ヨメさんと約束しちゃってるしで、遂にっていうかやっぱりっていうか、通りかかったタクシーに手を挙げたんですよ。そしたらね、運転手さんいい人みたいで、店の名前なんか言ってないのに「コノミセオイシイヨ」っていう感じで、目的の店の前で降ろしてくれたんですよ。
 その店はね、珍しく永和って名前がついてなくて新世界豆漿大王っていうんですけど、さすが総本山という味でした。でも、ここまでの交通の便を考慮すれば、逆に台北にあるあの永和っていう店のほうがいいかなと思いましたね。あと、店を出る時に、あっ、もちろん食べたのは豆漿と油條サンドのゴールデンコンビだったんですけどね、出る時にですね、店先で蒸かしてる肉まんが大きくてうまそうだったんで、昼の弁当用にって、ついココナッツ蒸しケーキと一緒に買っちゃったんですよ。でもね、バスを待ってる間に肉まんのほうは食べちゃったんですよ。いやー、あっさりしてて、うまかったです。やっぱり熱いものは熱いうちにっていうのも、ぼくのポリシーですからね』

 そして、今日の昼はそのココナッツケーキと、梛子玉という點心しか食べていないらしい。さ〜あ橋本よ、今まで縁のなかった有名店に出向き、その食いっぷりを、おお〜ぃに見せつけるがいい〜。 アーレ、マンジェ〜ッ