「没有」
=「メイヨウ」
ない!ということ。聞くところによると、大陸(中国本土)の旅はこの没有との戦いらしい。





路上三明治屋
=サンドイッチの屋台。あちらこちらでよく見かける。実にうまそうである。









基督教青年館
=YMCAホテル。初日に泊まった宿。












赤茄子
=トマトのこと。

麺麭=パン

             一

 彦次郎は試みに、たった一人でめしを食っている親爺に近づいた。あれだけ泊まることは難儀そうなことを言われていたのに、食っているのが親爺一人だけとはどういうことなのか。地下にあるこの賄所は広さが立派なことで、ひどく寂しく感じられる。
 ______これは・・・・・・。
 めしは食わせてくれないのだな、と彦次郎は思った。その親爺は彦次郎をじろりと見上げ「没有」とだけ言い、何事もなかったように箸を動かせる作業に戻った。
 ______ふむ、たいしてうまそうには見えぬの。
 そのまま待っていれば食わせてくれるのかどうか、とも思ったが、結局彦次郎と妻女のてるはあきらめて荷物をまとめ、出立することにした。そんなにこの青年活動中心の朝めしに思い入れがあったわけではない。とりあえずいろんなところで、食事をしてみたかっただけである。では昨日目をつけていた大学前の路上三明治屋で朝めしにするかの、と次の目当てを思い浮かべると気持ちに不満は残らなかった。
 宿を出ると、ぬっぺりとした空気が二人をつつんだ。さすがに南国、曇っていても五ツ(午前八時)過ぎとなると、早くもすごしにくかった。
 ______む・・・・・・。
 早すぎたか、まだ三明治屋は来ていない。ちッと舌を鳴らし、それならばやはり一昨日行った永和豆漿店に行くしかあるまい、と折りよく角を曲がって来た汽車に乗り込んだ。
 あのうまかった店はどこにあったのか、はっきりとは覚えていない。微かな記憶を手繰るように、基督教青年館の前から、五感に任せて歩いてみたら、難無く見つけることができた。それがしの勘もまんざらではないな、などと頬を緩めながら敷居をまたぐとおかみは、あらあんたたちまた来たのとでも言いたげににこりと笑ったような気がした。
 やはりここは安くてうまい。すべからく世の中のめし屋はかくあるべきだなと思ったが、さらに新たな欲望がむくりと動いた。
 ______やはり、あの三明治屋に行こう。
 ここも朝しかやってないんだろうな、と一昨日に目をつけておいた店の前に並ぼうとすると、見込み通り商売繁盛のようで勤め人や、書生たちでごったがえしている。ほとんど芸術的ともいえる早業でおかみは、玉子や腸詰めを焼き、返す刀で胡瓜や赤茄子をすっぱと切り離す。間髪をいれず懸河の勢いで、麺麭に挟み込む。
 ______できる・・・・・・、おかみは武道の心得がある。
 「親爺、ひとつくれい」
 千元渡すと、ちゃんと数えてくださいと言って九百七十五元と、ほかほかとしたうまそうな温もりを携えた三明治を手渡してくれた親爺は、かなり日本の言葉を話した。噂には聞いていたけれど、このくらいの世代になると日本の言葉を喋舌る人が多いというのは本当らしい。それがいいことなのか、悲しいことなのか今のわしにはわからないなとチラと考えながら、彦次郎たちは車站への道を急いだ。








第二月台
=月台とはホームのこと。
つまり二番線ホームということ。ちなみに月代(さかやき)というのはチョンマゲ用語。

             二

 本来なら火車の座席に座ったうえで過ぎ行く景色を眺めながら食べる、というのが旅の醍醐味なのはわかっているけれど、それは食うものがすでに冷めてしまっている場合のことである。今は違う。一刻も早く買い求めた三明治を食わなければいけない。そうしなければ、あの武道の心得があるおかみに申し訳がない。彦次郎がそう思って台北車站第二月台の椅子に座って平らげたころ、二人が乗るはずの火車が入構してきた。
 「やはり、流行っている店のものはうまいものだの、惜しむらくは銭を支払ったその場から食べ始めたかった」
 「すこしは摂生なされませ」
 てるはそう言って彦次郎をたしなめた。この女子、食いしん坊の心意気というものをちっとも分かっておらんの、本来なら歩きながら食っていたところを、椅子に座って食べただけでも褒めてほしいものだと思ったが、ますますせり出しそうな己の腹の手前、そんな大きな口は叩けないでいる。

火車の中で見た標語

吸毒販毒
一生痛苦

おそろしくよくわかるなあ。



背行李(せこうり)
=リュックサックのこと

             三

 結局、彦次郎たちは車站前の欣達大飯店に草鞋を脱ぐことになった。
 台中で火車を降り出口に向かっていると、指南書で目星をつけていた、教師会館という旅籠の案内が掲げられている。ほう、そんなに近いのか、それなら探す手間もいるまいと、案内に従うことにした。ところが、大きな宿場町の車站前とは思えないうら寂れた通りに出てしまい、辺りを見回したがどこにもそれらしい旅籠は見当たらない。あわてて背行李から指南書をとりだし、それほどあてにはできそうにない地図を頼りに、豆絞りの手拭いで口を押さえながら歩いた。
 やはりこの空気の悪さは大宿場町だなと不平を言っていても自然と食い物屋に目が向かう。ここも一度這入ってみたいものだの。我家牛排という店を横目に見ていると、雨まで降ってきた。空気の悪さも手伝って、今にも激昂しそうなてるの横顔を見て、しくじった、と思ったが後の祭である。なだめてすかして漸く台中教師会館を発見したものの、帳場には年寄りが陣取っているばかりだ。
 ヱゲレス語で「一夜の宿を求めたい」と言ってみたつもりだが、全く話にならない。もしかしてと日本の言葉で喋舌ってみたが、埒は明かない。最後に伝家の宝刀、筆談攻めを試みたが結果は全て「没有」であった。暮れ六ツ(夕方六時)のあたりに電話をしてみなされ、とおばばは言ったようだが、電話ができるぐらいなら泊まれるかどうかも分からないのに何も好き好んでこんなとろまで来はしないのだ。
 もうよかろう手間をとらせた、と諦めてとぼとぼ車站まで戻った。背嚢はいっそう重い。先ほどとは反対側に出ると、驚いたことに目についただけでも四軒は大きな旅籠があり、中でも一番近い場所にあったのが欣達大飯店であった。

 気ままな浪人という触れ込みで逗留することになったその旅籠は、八百八十元というほとんど青年活動中心なみの代金で、彦次郎を安堵させた。これよりお安い部屋もございますよ、と女中は言ってくれたようだが、詳しく問い質してみると窓のない部屋らしい。いくら節約流を極める道中だとはいえ、そこまで落ちぶれたくはないのと彦次郎は思った。
 部屋の扉を開けてみると、せっかく窓がある部屋だというのに、分厚い窓掛けによって外の光は頑なに拒まれていた。灯りをつけてから、南國だからそういうものなのかなと窓掛けを開けると、思っていた以上に外はどんよりとしていて、長距離汽車の車站が見えた。
 手狭ながら湯船と厠も別室についていた。
 「この値でこれなら申し分ないではないか、そなたは不服か」
 「どうぞ、ご懸念なく。しかし、窓のない部屋があるとは、どうも信じられませぬ」
 「おう、その通りよの」
 そう言ってくれるとこちらも有難い、と相槌を打っておいた。
 「さて、明日の汽車の切符を手に入れてから、公盒路とやらを探しにまいるかの」
 「その前に、下の女中どのにある程度の位置を聞いてから出かけたほうが、得策かと存じますが・・・」
 「おう、それもそうよの」
 かつて仕官していた藩の先輩に当たる植村研之介という人物から、この台中には風流な茶屋があるということを聞き及んでいた。
 「彦次郎、台灣に行ったら絶対あの耕読園に行くですよ」
 それが特徴の語尾でそう言われて旅立ってきたからには、ぜひとも行っておかなければならないその耕読園という茶屋が、公盒路にあるということは分かっていた。その上、十六日には書生のころからの朋友で、商用で今こちらにきているはずの森川保左衛門と落ち合うことになっている。その森川が投宿している園邸商務旅館という旅籠があるのも公盒路のはずである。
 「おまえさま、やはり田舎の空気がきれいなところに行ってみとうござります」
 台中に逗留して鱈腹うまいものを食ってやろうと、帳面につけておいた店も五指は下らなかったが、妻女のささやかなその希望を無碍に断わることもできるはずがなかった。その解決策として、まず今日は一、二軒のみ店に這入り、茶屋は下調べに留めておく。明日からの二日間を田舎で過ごし、十六日は早めに台中に戻り、茶屋を楽しみ、その足で近所の森川を訪ねる。もしうまく連絡がつけば、森川を交え三人で茶屋を楽しんでもよい。
 そういう約束が結ばれていたのだ。
 「お女中、すまぬがチトものを尋ねたい。この通りはご存じではあるまいかの」
 慣れないながら片言のヱゲレス語でそう言い、予め書き記しておいた紙切れを彦次郎は差し出した。
 「少少お待ちください」
 紙切れを覗き込んで、少し思案顔になりながらそう言ったあと、女中は奥から踏台を持ってきて、後ろの箪笥の上に隠してあるつもりの鍵を取り出した。余程大事なものなのか、その鍵で金庫から出して来たものは台中客運謹製と銘打っている市街地図であった。
 「あたしには分からないわね、でも多分このあたりね」
 女中は暫く地図を睨んでから腕組みをして、幾分蓮っ葉な口調でそう言いながら市内の北の端の辺りを指し示してくれた。
 「あいや、世話になり申した、礼を言う。ではこれにてご免」
 ______どうやら・・・・・・。
 簡単には分かりそうにないな、と思いながら彦次郎とてるは旅籠を後にした。

             四

 欣達大飯店の目の前にある長距離汽車站ではなく、日月潭行きの汽車は、少し離れたもう一つの汽車站が発着場になっているということは、火車の中で下調べしておいた。怪しい遊戯場の前を通り、ここでも永和という名前が冠せられている豆漿の店、永和大世界豆漿大王を発見した。明日の朝めしはここだなと思い、生きた鶏が売られている市場を抜けると、漸くそれらしい広場が視界に拡がった。広場の東西に分かれて二つの発着場があり、手前にある西側を観察してみたが、どうやら違うらしい。荷物を沢山抱えて待ち並ぶ人達の中を通り、広場に並ぶ思っていたよりも立派な汽車の間をすり抜けて、東側に行くと、多分ここではないかと思える服務台があった。
 必要な事項を簡潔に記した紙切れを彦次郎が硝子窓の向こうに差し出すと、あっけないほど簡単に切符を作ってくれた。
 「かように円滑にことが運ぶとは、わしも捨てたもんではないのう」
 わははと笑いながら、頭は早くも昼めしのことを考えようとしていた彦次郎に、おまえさま、とてるが忠告をした。
 「頂いた切符を念押ししておいたほうが、ようはござりませぬか」
 「おう、そうじゃった、そうじゃった。念には念をいれてっと・・・」
 懐にしまいこんでいた切符を取り出し、今度はしっかりとその文面を確かめた彦次郎は、辺りを憚らず頓狂な声をあげた。
 「おあっ、なんと! 今日の日付になっておる!」
 「それ、言わぬことではござりませぬ。早よう替えてもらいなされませ」
 「どどど、どうしよう、だいじょうぶかの」
 実はあまり頼り甲斐のない男だったのである。
 「まあ、おまえさまらしくもない、しっかりなされませ」
 そう妻女に言われて、これは行かんわけにも参るまい、と唇をぎゅッと引き結んだ。




青本
=この場合、雑誌


















自動昇降式の階段
=いわゆるエスカレータ

             五

 駅前第一廣場というちょっとした歓楽街にやって来た二人はまず、辛発亭というみつ豆屋を探し出した。植村研之介の屋敷で壮行会を催してもらった時、そこにあった談忠という青本にそこのことが記述されていたからだ。それに耕読園を探し出すのはチト骨かなと思った彦次郎は、手早く行けそうなこの辛発亭を当座の的と定めた。それだけ耕読園に割ける時間を増やせるとも考えたからだ。辛発亭は二階に上りざっと一回りしただけで、難なく見つけることができた。
 「よし、では先に腹ごしらえとまいろうか。そなた、何が食べたい。どうもこの二階にある店はしょぼくれていていかん。何かよい思案はないかの」
 切符を交換してもらおうとして、一度は冷たくあしらわれそうになったものの、節約流の意地を見せて食い下がり、なんとか成功を収めたから自然と態度は大きくなっている。
 「地階にも何ですか、料理茶屋があるように、案内が出てござりましたが・・・」
 「おうそうか、よく観察しておるの。さすがは我が女房どのだ」
 そういって二人は自動昇降式の階段を降りていった。
 地階には活気が溢れていた。二階の閑散とした様がうそみたいだった。なぜこれ程までに違いがあるのか不思議なことだ、と全ての店を見て回り、結局一番人の入りが多そうな店の腰掛けに身を落ち着けると、すぐに身ごなしのきびきびした女中が、飯台のむこうから品書きを持って現われた。席は全て相席の飯台で、コの字型に並んでいる。その中に板場があり、親父におかみ、そして女中の三人がところ狭しと立ち働いている。彦次郎は肉絲炒麺を、てるは海鮮米粉と筍湯という文字を指差して注文した。
 ところが異様なことが起こってしまった。肉絲炒麺の具が海老や烏賊にすり替わっていたのである。魚介の類を好まない彦次郎にとってはこの世の終わりかとも思える。
 ______よわったの・・・・・・。
 残すのは我が家訓に背くことになる。しかし、ふと妙策がうかんだ。
 ______てるの皿にとってもらおう。
 それにしても、せっかくの貴重な食事なのに、こんな間違いがおこるとはわしもよくよくついとらんのう、と思いながら、筍湯が殊の外おいしゅうございますと言っているてるのことを、彦次郎は羨ましくも思った。






























草双紙屋
=書店

             六

 「しゃッ、なんじゃこりゃッ」
 昼めしのしくじりを取り戻そうと期待して這入った辛発亭で頼んだ小豆煉乳は、思わず談忠の大たわけッと叫びたくなるような代物だった。腹を壊せと言わんばかりに並み外れて多い氷はごりごりしている。絹のようにとろけそうなあの感触は微塵も感じられない。やはり店構えに比例しておるわい。
 「仕方がないじゃありませんか、おまえさま、きっと何かいいことがありますよ」
 しょげている彦次郎にてるは優しい言葉をかけた。
 「・・・・・・・・・・・・それもそうだの」
 そう言って二人は公盒路を探しに、台中の街を歩きだした。雨は駅前第一廣場にいる間にやんだようである。
 大通りの中正路をひたすら北上すればいずれ公盒路への道標も現われるであろうと、彦次郎は高を括っていた。しかし、行けども行けども公盒路の気配は感じられない。
 ______これは・・・・・・・。
 「おかしいの、まだかのう」
 「おまえさま、何の手がかりもなしに探し出すのは無茶というものなのではござりませぬか」
 「わしも先からそれを考えておる。どこぞで地図などを売っておらぬものかの」
 「さきほどの大きな筋の少し手前に、草双紙屋がございましたが・・・」
 「なに、それを早く申さぬか。よし、そこに参ろう」
 その草双紙屋の二階で一枚物の台中市市街地図を五十元で求めた彦次郎は、いやあかなわんかなわんと泣き言を言って、ひとまず旅籠に帰ったほうがよいかもしれんなあとてるに提案した。
 部屋に帰りじっくりと地図を検討した彦次郎は、やはり帳場の女中の言っていることがほぼ間違いないことだということが分かった。この地図さえあれば、もう公盒路への行き方は分かる。しかし、これはかなり遠いやもしれぬと、彦次郎は思ったが、なに、その時はその時のことだと、三十男のいいかげんな己が胸の中で答えた。
 帳場に降りていくと、あの蓮っ葉そうな女中はもういなかった。替わりに二十才くらいに見える、勤めだして間もなさそうな女中が帳場のむこうに立っている。鍵を預けがてら、十六日の日にもこの宿に投宿したいのだが・・・と彦次郎はヱゲレス語で言ってみた。宿が決まっていれば、ぐっと肩の荷が降りるからだ。日程が決まっていればこうするに限ると、彦次郎は今までの旅の経験から思っていた。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・」
 女中は困り顔になり、奥で算盤をはじいている二十五年間この道一筋のような番頭に、助けを求めた。二十五年一筋は、こちらを向き「あ、よやくですね」と言って眼鏡をはずした。「じゅうろくにちね。おなじへやでいいですか」
 「なんだ、日の本の言葉が喋舌れるのではないか。番頭どのも人がわるい。左様、十六日、同じ部屋を頼む」
 「わかりました。ありかとござます」
 「では、よろしく頼み入る」


















六色林檎の家紋
=アップルコンピュータの看板

六色林檎の電脳箱
=PowerBook Duo230

             七

 宿の心配もなくなったし、公盒路の位置も分かった。さればもう一軒店を回ることができると踏んだ彦次郎は、しぶるてるを引っぱり、高雄牛乳大王を探し始めた。大きな図体をしておきながら、酒がからきしだめな彦次郎は自然と甘いものに目がない。高雄牛乳大王はそんな彦次郎の琴線に触れる名前なのである。
 「おかしい、指南書にはこの緑川を渡ってすぐのところだと、ちゃんと印がついておるのだがの」
 「もう一度廻ってみますか」
 しかし、果たしてその辺りには見つけることができなかった。
 「あれ、おまえさま、あのようなところに六色林檎の家紋がございますよ」
 間の悪いことに、その辺りは台中電脳街となっていた。そして彦次郎は六色林檎に目がなかった。できればこの長旅にも六色林檎の電脳箱を背行李に潜ませておきたいとさえ思っていたくらいだから、もう高雄牛乳大王のことなどは忘れ、台中六色林檎事情を探索した彦次郎を待っていたのは、角の生えそうな妻女の顔だった。
 「すまぬすまぬ、晩めしはおごるゆえ、許してくれ」
 そう言ってさまよった挙句這入ったのは、昼間に這入った駅前第一廣場だった。
 ______もうわしも年か、すぐに楽なほうに転がる・・・・・・。
 我ながら同じ所とは情けないと思いつつも、あそこに行けば手っ取り早く決めることができよう、とも思っていた。
 昼間の失敗があるから、同じ店で仕切直しということを考えないでもなかったが、より多くの店を探索したいという欲求のほうが勝っていた。そんな彦次郎が選んだ店は、温州饂飩と書かれた品書きが気になったからだ。
 ______ほほう、うどんとは珍しい・・・・・・。
 讃岐うどんと味比べをしてみるのも一興か、と勢い込んで腰掛けた。
 店は若い夫婦者で商っていた。あまり客の姿は見受けられないが、他の店も同じようなものだった。みんな夜市に繰り出すのだろう。
 「おまえさま、これはうどんとは書いておりませぬ。違う文字のようですよ」
 「なに、まことか。うっ、どうやらそのようだな。ふうむ、これはおそらくわんたんと申すもののようだな。なに、かまうものか、わんたんも一度食ってみたかったのだ」

 「おまえさま、ようござりましたな」
 最後にうまいものを食うことができ、彦次郎の気持ちはゆるゆるとほぐれてゆく。