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 今日も一番のりで特等席に座りうまい朝食をいただけるのは仕合わせである。ごきげんおじさんはジュースとコーヒーのおかわりを今日もいれてくれる。本日はいくぶん宿泊客が少ないようである。
 出かける用意をしてトイレに入ると電燈がつかない。他のスイッチもパチパチしてみるがどれも反応しない。冷蔵庫もうるさくない。間違いなく停電だ。
 レセプションには誰もいない。この部屋はけっこうよい部屋だと思う。などと観察していると、上からソージおばさんが降りてきた。6カ国語会話で調べて頭にインプットしていた「My room erectric current is off.」というコトバを言ってみるが通じていない。「エレクトリック ストップ!」とやけくそで言うとちゃんと通じたらしく、あー、みんなそうなのよと当たり前のように言われてしまった。そう言われるて、あー、それなら別にかましませんとスゴスゴ帰って戸締まりをして出かけた私たちは一体何なんだ。せっかく昼めしはキンキンに冷えたペリエで食おうと思っていたのにチト口惜しい。

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 本日の仕事はお絵かきである。日陰はないかいなと探すと、ありましたありました、奥の城壁づたいにある階段。どこを通ったら行けるのか。海沿い城壁下コースを進んでみる。巨大ないちぢくの木に阻まれて一旦海の側に降りてみるが、どうやらこちらも行けそうにない。思い切っていちぢくの葉っぱをくぐり抜けた。
 その城壁は遠くで見た時ほどラクではなく、ヒーコラ言って急勾配な階段を登る。登頂に成功するとそこはいくぶん空洞になっており、気持ちよさそうなその日陰でホテルE.O.T.のカンタンな部分だけを描き始めた。
 水彩筆用水入れにしていたタッパをテがどうやらホテルディミットラに忘れてしまったようなので、フィルムケースに水を入れて持ってきている。コンパクトだし別段不自由しなくて中々使い勝手がよろしい。お絵かきに熱中していると、西洋版裸の大将スタイルのおじさんがカシャカシャして降りて行ったかと思うと、角刈りバックパッカーフランスにーちゃんは坂の途中でザックを降ろして遠慮がちに登ってきて汗を拭って降りて行った。だいぶん太陽も動いて日陰がなくなってきたので今日の仕事は終った。

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 きのう通った海沿いの小道で、今日は誰ぞ泳いでいるのじゃろかと下をのぞくとゲゲッ、55才くらいのおじさんがすっぱだかで着替えている。恐ろしく◯◯が◯◯だったので我が目をうたぐった。オエッ。
 今日は波も風もなくひたすら暑い。入江プールには早くも人がいる。町に着いて切手10枚、八百屋で桃、トマト、レモンを買い込み、海沿いのタベルナに入る。と言ったが正確には入ってはいない。店から少し離れた堤防わきのテーブル(パラソル標準装備)に腰掛けた。とっても愛想のいい兄ちゃんで、キッチンを見て注文しなョと中まで連れて行かれる。キッチンのおばちゃん(たぶん母親)も同じく愛想よしで少し照れているような感じがする。シェフの親父はちょっと頑固そうで中々よろしい。スタフドトマト、ミートボール、白餡に使う豆のトマト煮を指差し、アムステルビールも聞こし召した。しかし、なんでギリシャなのにアムステルなのか今もってわからない。自然とアムステルダムを連想してしまうのが人情というもんだ。カモメも昼時らしく、魚を捕って飛びながら食べている。

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 パン屋でうまそうなのをみつくろって2時ちょっと前にいつものスーパーに行くと、おばさんは店を閉めかけている。こちらをチラッと見たよな見ないよな。しかしああ無情レミゼラブルジャンバルジャン、何事もなかったかのようにそのままシャッターを降ろしてしまった。すぐさま急行したもう一軒は、時間なんか関係ないもんねといった風情でひっそりと入口が開いている。中は薄暗い。水、パインジュース、ザジキ(フレッシュと書いてあるが日付け刻印を見ると30/05/95になっている。これは製造日か?賞味期限か?前者と思うことにした)を買った。ここの水は安い(1.5L=100)。
 「わし、ちょっと電話してみるわ」とテがテレホンカード(100度数なのに1300ΔPX. 人情として950ΔPX.にするか、105度数で1000ΔPX.にしてほしかった)を買って、さっそくオレンジ色の公衆電話に差し込んだ。みるみる度数が減っていくー。

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 暑い暑い中とぼとぼと帰っていると「あ、わし、忘れもんしたー」とテが引っ返す。今日は豪華客船が停泊する海を見ながら一人で帰る。久しぶりに本格的に暑いです。うー、冷たいペリエを一気飲みしたいー。帰ると冷蔵庫は動いていた。だがしかしまだ冷えていないからじっと我慢の子であった。クリームパイはうまかった。よしよし。

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 葉書を書いて7時すぎ、夕涼みがてらテラスに行こかと窓から偵察するとだれもいない。この隙にと、着替えて(なんせ部屋ではくつろいでいます)から行ってみると早くも先客が──。鳴呼無念。しかたない、ちょっともったいないけどホテルのカフェに行こう。階段を降りてカフェに入ると、当たり前のことながらテラス席もある。そこには2・3組先客がいた。ブレクファストルームに続いて2番目に眺めの良いと思われるテーブルについてフラペーを注文する。つめきり草の木陰にあるスピーカからはバロック。ぼくたちのテーブルはちょうどステレオポイント。海の向こうで昼間に見た豪華客船が小さく夕日に輝いていた。
 かなりおいしいフラペーをのみつつ葉書を書く。ずっと同じ曲をエンドレスでかけているんかいな?と話していると急に切れてグレートブルーのような音楽にかわった。ずっと聞いていると何やら日本の笛のような音も聞こえてくる。うーん、さっきのほうが良かったな。わしも大人になったということかの。
 「カリスペーラ」
 葉書を書くのに熱中しているとうしろでゴキゲンな声がするので振り返ると、さっきまで眼鏡をかけて庭師のおじさんに変身していたごきげんおじさんが、眼鏡をはずしてブレクファストルームのおじさんに戻ってニコニコと立っている。おかわりを入れてくれるのかと思ったが、ここのカフェのおじさんも立っているから、そういうわけでもなさそうだ。カツアゲでもされるのかとも思ったが何のことはない。明日朝8時から停電なのでシャワーは浴びることはできないということを2人がかりで教えてくれた。
 「フェン カムバック エレクトリック タイム?」
 と無茶苦茶な英語で聞くと
 「アフタヌーン スリー オクロック」
 と答えてくれる。どうやら無茶苦茶な英語の方が通じるらしい。

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※本文中に誤りがありました。中段付近「わし、ちょっと電話してみるわ」「あ、わし、忘れもんしたー」はそれぞれ「わたくし、ちょっとお家に電話させていただきますわ」「わたくし、忘れ物をさせていただきましたわ」の誤りでした。お詫びして訂正させていただきます。

 やはりごきげんにおじさんは立ち去り、カフェおじさんは「あなたがたは日本人ですか?この音楽も日本のものですよ」と説明しはじめた。
 「キタローですか?」
 「そう、ご名答。フフフ」とニヒルに去って行った。
 我々のためにわざわざかけてくれたのだろうか。うーん、やっぱりさっきの方がよかった。
 そのこととは関係なく、ふとギモンが頭をよぎる。
 8時から停電ということは、あのおいしいトーストは、あったかいコーヒーは飲めないのではないだろうか。つまり停電だから朝食はないのだよ悪しからずということを言っていたのではないか。やばい。そこのところを確認しておかねば…と思っていると、犯人を尾行する時に通りがかるタクシーよろしくタイミングよく戻ってきたごきげんおじさん、新しくカフェにきたイタリアーノカップルに同じことを説明しているので、じぃっと見ているとつかつかとこちらにやってきた。
 「だからね、君たちの好きな朝ごはんはね、8時、8時キッカリにいつものように食堂にくればいいんですよ。君たちが私のつくるブレクファストを好きなのはわかっているのだよ、食いしん坊くん。わっはっは、は」と肩をたたかれた。

 キタローからイタリアオペラにかわったBGMをあとにエファリストーと部屋に帰り、お待ちかねの冷え冷えペリエで晩餐と洒落こんだ。ザジキ、昨日のサラミハム、トマトレモン塩コショー、パン。なかなかうまかった。まんぞくまんぞく。

(c)1995-2002 HaoHao

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